かわら版 ~五月女剛編 その三~
ただいま人参と葱が美味しくとれている農業部の五月女剛です(必要な飲食店さんがいらっしゃれば、ご用命ください!)。
昨年は春先から広島県熊野町にある馬上酒造の蔵人、小林くんが秋の蔵入り前まで農業部のお手伝いをしてくれていました。その小林くんが教えてくれたポッドキャストが、弊社にも互助会員がいるオーバーザサンでお馴染みのアナウンサー堀井美香さんが、石川達也杜氏にお話しを聞く「酒の個性を引き立たせる、蔵人たちの場の整え方」でした。ヴィナイオータのお米でも日本酒を造っていただいている石川杜氏が、どんな心構えでチームを束ねているのかをお話されていて、感銘を受けました。石川杜氏は、杜氏とはオーケストラの指揮者のような存在で、自分が音を出すのではなくて、自分たちが望む音をだしてくれるのをちゃんと指導するのが役割で、方向とレベルを示すのが仕事だと話されていました。
時代遅れのようだけど杜氏が決めたことには絶対に従わないといけない。酒造りは基本的に原料がお米と水しかなく、それを微生物たちが醗酵を促してお酒になる。でもそれで物凄くバラエティーに富んだお酒を造ることができる。つまりどの方向に進んでも良いので、どの方向に進むのかを決めるのが杜氏の役目。こっちの方がいいんじゃないですか?って言っていたら蔵はバラバラになるから杜氏が決めたことは守る。絶対がない世界だから絶対が必要で方向を示す。もう一つの役目、掃除であれ洗い物であれひとつひとつの仕事のレベルを示す。働き方改革などと言われるような時代に、半年間休みなく、泊まり込みで夜も作業があるという若い人が好まない労働環境に、耐えるといっているうちはダメで、自分が成長する上で、生活の部分が関係ないというわけにはいかない。みんなで一緒に食事をする際も、自分も楽しみながら、でもみんなも楽しんでもらうためにどう気を遣うかとか、それが仕事をするときのチームワークに繋がったりする。仕事ではすごくチームワークがいいが生活面はぎくしゃくしているのはありえない。生活はぐちゃぐちゃだけど蔵の中は整っているということも決してない。時間をきちんと守ることも蔵においては絶対。自分の時間やスペースをふんだんに与えられて育ってきてる若い人達には苦手な仕事環境かもしれないが、そうでないと人は育ちにくいし、伝統的に我々は酒造りの世界ではそうやって人を育ててきた、とおっしゃっています。「自分も楽しみながら、でもみんなも楽しむためには?」というのは、ヴィナイオータでも様々なシチュエーションであるので、常に心掛けたいものです。瀬戸内寂聴さんも「思いやりとは想像力」と言っていらっしゃいますし、大事なところですよね。石川杜氏はさらに個性を大事にという時代にどんな姿勢で仕事に取り組むべきかを伝える際に「自分を殺せ」と言っているそうです。その理由はポッドキャストを是非聞いてみてください。月ノ井酒造の蔵人さんは「自分を殺してますけど、個性はあります!(笑)」だそうです。笑
とっても長くなってしまってすみません。私が本稿でおすすめしたいのは、「【四合瓶】R5BY(2023)チヨニシキ生もと純米原酒 ヴィナイオータのお米を月の井酒造店で杜氏石川達也が醸したお酒 (720ml) 」です。(長い!笑)
これまでに何度か月ノ井酒造店さんにお伺いし、先日もオッティマーナで来日した造り手とともに行きましたが(昨年11月に黄綬褒章を受章され褒章も見せてもらいました.!)、毎回いろいろなお話をして下さります。その中でも印象的だった緩衝力のお話をご紹介したいと思います。これまた長いのですが、私の話ではなく石川杜氏のお話をぎゅっぎゅっとまとめた、オータ社長が石川杜氏が醸す日本酒を唯一無二と考えるわけの一助にもなるかとも思いますので、是非お付き合い下さいませ。
生酛は味が濃い、酸が強い、ごつごつしているというイメージで語られることが多いが、それは今作られている生酛や山廃の酒がそういう傾向にあるだけで、江戸後期から明治の途中までは、生酛しかなく、ありとあらゆる酒質の酒が造られていた。生酛は、諸説あるが、江戸の中期の終わりに伊丹で誕生して、後期の始まりにかけて灘で大量に何度も造られるようになって洗練されていったと考えている。伊丹までの酒は甘いのが特徴で、余り精米が出来ていない時代に、甘くするだけでも大変だった。だからまず甘いものというのは珍重された。またその甘いというのを酵母が食べてアルコールに変えるのをどんどん進めていくと甘味が消えてゆく。余りお米を溶かせなかった時代に、そこまで醗酵させてしまうと、アルコールは出ているけど、酒としての飲みごたえがないすっからかんな酒になる。だから甘いところで醗酵が終わるように、仕込み水を余り汲まないように濃い状態にしていた。 灘は人力でやっていた精米を水車精米を導入して精米歩合も上がり、米をより溶かせるようになった。よく溶かしているから成分が多く、 しっかり甘さが消えるところまで醗酵させても生酛では薄っぺらにならず、甘味に頼らなくても、うま味、飲みごたえが備わるようになった。
それまでのお酒に比べると酒質は淡麗辛口。でも十分飲みごたえがあるのは緩衝力というものが高いから。緩衝力をもたらすものはペプチドという成分。たんぱく質はアミノ酸が連なった巨大な分子で、それを一個ずつ切るとアミノ酸になる。グルタミン酸やイノシン酸などのうま味成分もアミノ酸。たんぱく質を何個からの塊で切るとペプチドになる。生酛の酛のアミノ酸は、速醸の3倍ぐらいある。生酛の酵母は自分が増殖するときに分解されたアミノ酸からたんぱく質を合成して体をつくっていくからペプチドが多い酒になる。ペプチドは、アミノ酸自体ではないので呈味成分ではない場合も多く、味覚、いわゆる五味、味として感じない、けど感じるという不思議な成分。
このペプチドによって持たされるのが緩衝力。緩衝力は、5、60十年前に、日本酒の業界では熱心に研究しつくされた。日本酒を造っても造っても足らなかった時代に、まだ存在感があったのが今の酒税法でいう合成清酒。お米がそれほどなくてもつくれる合成酒が清酒の代わりになるならと研究がされるようになった。合成酒は合成するので、アルコール分、グルコース濃度(糖の量)、酸度(アミノ酸)などのデータを清酒と全部そろえてつくることができる。だが清酒と比べると、味はあるけれど飲みごたえやコク、深みや幅など明らかに差があり、お酒としては非常につまらない。その差として表れたのが緩衝力だった。そして緩衝力をもたらしているものはペプチドに代表されるような原料や醗酵由来の数多の微量成分で、きちんとした原料を使ってきちんと醗酵させるということ以外に再現出来ないことが分かった。合成酒は清酒の代わりにならないという結論に至った。
緩衝力は、緩衝(クッション)というだけに受け止める力がある。アルコール度数が高い酒を飲んでそんなにあるとは感じないのは緩衝力が高い酒。酸度が高いけど心地よい酸というのも緩衝力が高い酒。緩衝力が低いお酒は、お酒に含まれる成分をだいたい数値どおりスペックどおりに感じるお酒。緩衝力は言葉としては馴染みがないもしれないが、色々なところにあってお湯に塩を入れてちょうどいい塩分濃度にしようと思ってたらピンポイントになる。ちょっとでも多かったらしょっぱく感じるし、少ないとボケた味になる。でもこれがきちんととった出汁やスープだったら幅がでる。ちょっと塩が効いているけど素材の味がいい、塩分は余り感じないけどしみじみとしたうま味を感じるなど。それは出汁やスープが緩衝液で、水に比べて緩衝力があるから。これも合成する研究がされた。化学調味料がそれ。でも似たものにはなるけど完璧に再現するのは無理。化学が進んでも優れた料理人は必ず手間暇かけていい材料を使って出汁をとる。そうやってとった出汁には天然由来で物凄く微量ないろんな成分があるから。グルタミン酸濃度だけ合わせようというのは簡単だけど、数え切れない微量成分、しかも微量成分は感じない成分だから、それを合わせるのは、再現するのは、無理。感じないけど感じるというものの代表が緩衝力。
日本酒の味を表現をする語彙が少ないと日本酒を取り巻く人が言ったりするが、味そのものをどうこう言ってもしょうがないというのが、日本酒。冒頭の灘の酒、真っ当に造られた昔の灘の酒はどう表現されたかと言ったら、その味は、ゴク味と言われた。漢字はない。極めるという字とも違うだろう。ゴク味といったら何なのか、そういう味はない。抽象的な漠然としたもの。だけど感じる。当時、きちんと醗酵させた酒を造っていたわけだから、絶対に緩衝力が豊かな酒だったに違いない。特徴はいわゆる甘いとか酸っぱいとかの味では表現できない。でも何かを感じる、他の酒とは何か違う、それを総称してゴク味と昔の人は表現した。緩衝力というものが実は、日本酒の一番の特質、持ち味だと思う。緩衝力は、速醸のお酒でも備わることが出来るが、圧倒的に強いのが生酛。どんなものも受け止めて、どうやってでも楽しめる、そういう幅のあるもの。
緩衝力がある酒と、ない酒を見分け方は簡単で、大胆に割り水してみること。緩衝力があれば水にも緩衝力が働く。原酒の凄く度数が高いものでも、思い切って度数を落としたものでも、違う味だけど両方楽しめるというのが緩衝力があるお酒。ちょっと水を加えたらもう崩れてしまうのは緩衝力がない。出来上がったお酒が甘いとか辛いとかはどうでもよい。きちんと醗酵させること、お米のポテンシャルだけは逃さずに酒にすること、そうして緩衝力を備わる酒が出来たらよいと考えている。毎年味が違っても構わない。緩衝力がある酒というのは、口ではよくわからない。身体で感じるもの。それはヴォドピーヴェッツのパオロのワインを初めて飲んだ時に身体で感じて衝撃を受けたというのと通じるところがある。ワインで造り方は違うのだけれども葡萄の持っているポテンシャルというのをきちんとワインにしているから緩衝力が備わっているのだろうと思っている。味でなくて味の向こう側にあるものを、難しく考えなくていいので身体で感じられるようになった方が、日本酒でもワインでももっと楽しめるのではないかと考えている。
いかがでしょうか?緩衝力は数値で測れるとのことで石川杜氏が元いた蔵のお酒を測ったところ抜群に高かったそうです。先日、「伝統的な酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、石川杜氏は、先人たちが試行錯誤を重ねながら最適化され多くの知恵が詰まった伝統的な酒造りを続けることが常に最先端だともおっしゃっていました。緩衝力が備わっている口ではなく身体で感じるお酒。錦糸町の釀造科oryzaeさんでヴィナイオータ米の日本酒を熱燗でいただいた際、少し加水していますと言って出して下さったのも緩衝力があるからこそですね。感じないけど感じるゴク味、皆さまも是非このお酒で体験していただければと思います。
【かわら版 五月女剛の飲んでもらいたいお酒!!】
銘柄:ヴィナイオータのお米を月の井酒造店で杜氏石川達也が醸したお酒
造り手:月の井酒造店
地域:日本 茨城県
希望小売価格 (税抜) :4,000円
◆◇特価条件◇◆
◎条件1:1本~のご注文→掛率3%引き!
◎条件2:12本~のご注文→掛率5%引き!
対象期間:2025/1/23(木)~2025/2/14(金)出荷分まで
1件中 1〜1件目
並び替え
表示切替
1件中 1〜1件目